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    座談「法華経読書会」開催

     

     日本語に訳された「法華経」を少人数で読むことを目的にしています。

    ・法華経を物語として楽しみながら読み終えることができる。
    ・法華経の読書を通じて一般的な仏教の知識を得ることができる。
    ・なじみの薄い経典も少人数であれば読みやすくなる。

     このような内容で月1回の開催をめざしています。
    60分ほどの読書のあと、60分ほど座談を行い自由な意見交換をします。

     

    8月30日に行われました 第十回座談「法華経読書会」開催報告

    法華経読書会座談概要

    長い「法華経物語」読書が続いたので、気分転換に、般若心経を読んでみた。
    般若心経の教えは、法華経の理解に役に立つと考えたからである。

    参加者は「色即是空」という言葉に親しみがあるようだ。
    あえて、「色」や「空」という言葉の意味、解説はせずに、みんなで読み始めた。

    1、一回通読のあと、話合いのキッカケにしようと、「同性の結婚には生産性がないから、税金を使う必要なない」というある議員の発言を提示して話合う。

    ・同性の結婚には反対である、好き同志なら、同棲すればいい。
    ・同棲と結婚は違う。
    ・制度にないものを求めることが、理解できない。
    ・養子という形で子供をもてば、生産性がないとは言えない。

    など意見がだされたところで、「色即是空」について話あう。

    ・「是空」の空は空(から)っぽという意味ではないか、空(から)なら、その中になんでも入れる、吸収もできるからという。

    今までの自分の考え(自分の知識、経験)を一度空にすると、新しい知識、を得やすくなるのではないか。
    そうすれば、いままでの考えかたが、修正されたり、知識が増えていく。
    そう考えることではないか、とする意見に接して心に深く感じた。

    2、その他の経文について意見を問うと、

    ・「眼(げん)耳鼻(にび)舌(ぜつ)身(しん)」の意味は解らないが、なんとなく人間の欲望や存在というものを感じたという。

    何を感じたのかと聞くと。

    「自分は単純な人間だから、この世で幸せになりたい。死んで地獄に落ちるのはいやだから、お寺にもいき、手も合わせ、南無阿弥陀仏と唱えてる。自分の子や孫が代々続いてくれればいい」という。

    なるほど、「眼耳鼻舌身」という五感は、人間の欲ぼうの根幹である。
    また、「この世で幸せになりたい、自分の子や孫が代々続いてくれればいい」とは彼の存在そのものである。
    彼の素朴な気づきは、的(まと)を得ていると思った。

    自分の欲と、自分の子孫の永続を突き詰めていくと、それは自分の存在である。
    彼の無意識が、経文の「眼耳鼻舌身」の字に反応したのだ。

     

    多くの人にとっては、教義や教学は、難しい学問の世界であり、自分には無縁なものという意識を持っている。
    その彼らの気づきは、合理的、論理的説明にはなってないが、仏教の教えの根っこの部分では通じてるのだろう。

     

    「自分は単純な人間だから、この世で幸せになりたい。」「死んで地獄に落ちるのはいやだから、お寺にもいき、手も合わせ、南無阿弥陀仏と唱えている。」「自分の子や孫が代々続いてくれればいい。」

    という願いこそ、仏教徒の祈りである。この祈りを受け止めていこうと思った。

     

    次回予定は

                  第十一回 座談「法華経読書会」
                  日時:2018年(平成30年)9月27日木曜日 午後7時より9時まで
                  場所:長徳寺寺務所
                  参加費:1人500円(茶菓子・資料作成費)

     

     ご希望の方はどなたでも気軽に参加できます。
    お問い合わせフォーム からお申込み下さい。


     展覧会のご案内

    第4回 蓮の会 展は終了致しました

    ご来場いただいた皆さま ありがとうございました。

    蓮の会


    アクセス

    ・鉄道:名鉄名古屋本線、美合駅下車(普通・急行停車)徒歩20分、タクシー7分

    ・車(東名高速道路、岡崎インターから5分)

      (新東名高速道路、岡崎東インターから15分)

      (国道一号線、岡崎インターから5分)


     

    妙見閣 長徳寺の紹介


     当妙見閣長徳寺では、法務(法要、供養、祈祷)の他、「悩み事相談」をしています。

     相談は、個人的な面談やインターネットメールで行います。 また、必要に応じて、

    ・ 仏教的コミニケーション塾の開催(※1)
    ・ 仏教的カウンセリングの実施(※2)
    ・ メモ日記の付け方の相談指導

     を行っています。

     (※1)仏教的コミニケーション塾とは、他者とのコミニケーションを実践する場所です。
     (※2)仏教的カウンセリングとは相談者の悩みにひたすら、耳を傾ける(聞法)ものです


     

    自分を変えるツール・メモ日記 自分を変える・自分が変わる

     現代は我慢の時代と言われ、怒りや恐れなどの感情を我慢して抑え込んでいる結果、抑うつや不安になっています。

     このような心の問題の解決に、メモ日記を書く事をおすすめしています。メモ日記を書くことは自分を変える手段の一つにもなります。

     自分を変えることは性格を変えることと考えがちですが、性格ではなく「自分の考え」を変えることによって自分を変えていこうとするものです。

     人は、自分も知らない本当の気持ちというのがあり、怒りや哀しみにもワケがあります。そのワケに自ら気づくことは簡単ではありません。メモ日記を書くことでそのワケを発見することができます。そして、その発見が自分と向き合うことになります。

     メモ日記を書き続けることで自分と向き合い、怒り、恐怖、不安を乗り越え、幸せな人生を手にしてもらいたいと思います。

     メモ日記はいつでも、どこでも、一人で出来ます。》 メモ日記の書き方(つけ方)はここ

     また、親子、夫婦間のコミニケーションには相談者(住職)が加わった三者カウンセリングが効果的です。

    日本語に訳された「法華経」を少人数で読むことを目的にしています。
    ・法華経を物語として楽しみながら読み終えることができる。・法華経の読書を通じて一般的な仏教の知識を得ることができる。・なじみの薄い経典も少人数であれば読みやすくなる。

    このような内容で月1回の開催をめざしています。60分ほどの読書のあと、60分ほど座談を行い自由な意見交換をします。

    ご希望の方はどなたでも気軽に参加できます。お問い合わせフォーム からお申込み下さい。

    次回予定第三回 座談「法華経読書会」日時:2018年(平成30年)5月24日木曜日 午後7時より9時まで場所:長徳寺寺務所参加費:1人500円(茶菓子・資料作成費)

    座談「法華経読書会」開催報告今回は第8回「巧妙なる教え=方便品」を住職が座長となり、読みました。
    これは「妙法蓮華経方便品第二」という章です。全員で一度声にだして通読したあと、いくつかの要旨に従って、再度音読します。文中の文字や文章の要旨を座長が解説したのち、参加者で意見を自由に発言します。今回は「執着」ということについて互いの意見を出し合いました。これは、方便品にある「諸仏は方便をもって人々をもろもろの執着から解き放しますが、それでも人々は諸仏のほんとうの知恵を知ることはできない」という個所から拾いだしたものです。
    ・ある人は、「自分の父親が入院しときに医師から延命処置をするか否か」と問われたときに、「延命処置」はしないと答えました。しかし、その時に同席した弟の「納得いかなそうな目」を感じた。そのことが自分のなかで気になり、今でもこだわってると発言しました。
    ・また、ある人は、自分の子供が自死したときに、「あなたは、すごい前世で悪いことをしたんだね」と言われ、その時は大変なショックであったと言いました。言われた本人は、「言われたことにこだわっている」のかもしれないと発言しました。
    このような発言をもとに、それぞれの心における、「執着」ということを話し合いました。座長が提起した、「執着」という言葉の意味はともかくとして、参加者が感じたことを大事にして話合いました。話合いのなかでは、多種多様な各自の意見が発言されました。
    ・法華経を読んでも、人生の指針のようなものが、出てこないので自分にとっては、要領を得ない。親しみをもてない。・法華経の本質的な問題として、時空論があるが、仏の世界では時間という概念を取り払うことが必要なのではないかと、いう問題提起がありました。むろん発言者の中で完成された思考ではないようですが、法華経を読んでなんとなく感じることだと言います。
    ・自分にとって、これが「執着であると」自分で認識できれば、それは「執着」でなくなってるのではないかなど、発言がありました。
    座長としては、このように、法華経を読んで各自が考え、感じたことを発言することで、法華経という経典を、自分に置き換えることができればいいと考え、読書会を終えました。

     

    ホームページ:法華経読書会報告:
    長い「法華経物語」読書が続いたので、気分転換に、般若心経を読んでみた。般若心経の教えは、法華経の理解に役に立つと考えたからである。
    参加者は「色即是空」という言葉に親しみがあるようだ。あえて、「色」や「空」という言葉の意味、解説はせずに、みんなで読み始めた。1、一回通読のあと、話合いのキッカケにしようと、「同性の結婚には生産性がないから、税金を使う必要なない」というある議員の発言を提示して話合う。・同性の結婚には反対である、好き同志なら、同棲すればいい。・同棲と結婚は違う。・制度にないものを求めることが、理解できない。・養子という形で子供をもてば、生産性がないとは言えない。など意見がだされたところで、「色即是空」について話あう。
    ・「是空」の空は空(から)っぽという意味ではないか、空(から)なら、その中になんでも入れる、吸収もできるからという。今までの自分の考え(自分の知識、経験)を一度空にすると、新しい知識、を得やすくなるのではないか。そうすれば、いままでの考えかたが、修正されたり、知識が増えていく。そう考えることではないか、とする意見に接して心に深く感じた。2、その他の経文について意見を問うと、・「眼(げん)耳鼻(にび)舌(ぜつ)身(しん)」の意味は解らないが、なんとなく人間の欲望や存在というものを感じたという。何を感じたのかと聞くと。「自分は単純な人間だから、この世で幸せになりたい。死んで地獄に落ちるのはいやだから、お寺にもいき、手も合わせ、南無阿弥陀仏と唱えてる。自分の子や孫が代々続いてくれればいい」という。なるほど、「眼耳鼻舌身」という五感は、人間の欲ぼうの根幹である。また、「この世で幸せになりたい、自分の子や孫が代々続いてくれればいい」とは彼の存在そのものである。彼の素朴な気づきは、的(まと)をえていると思った。自分の欲と、自分の子孫の永続を突き詰めていくと、それは自分の存在である。彼の無意識が、経文の「眼耳鼻舌身」の字に反応したのだ。
    多くの人にとっては、教義や教学は、難しい学問の世界であり、自分には無縁なものという意識を持っている。その彼らの気づきは、合理的、論理的説明にはなってないが、仏教の教えの根っこの部分では通じてるのだろう。「自分は単純な人間だから、この世で幸せになりたい。死んで地獄に落ちるのはいやだから、お寺にもいき、手も合わせ、南無阿弥陀仏と唱えてる。自分の子や孫が代々続いてくれればいい」という願いこそ、仏教徒の祈りである。この祈りを受け止めていこうと思った。

     


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     当寺院は法華経(妙法蓮華経)と日蓮大聖人の教えの布教を目的とする日蓮宗に属する寺院です。

     毎月多くの檀信徒が開運妙見大菩薩(みょうけんさん)を参拝され、ご祈祷とご先祖の供養をされます。

     また、参拝者は種々の悩み事の相談に訪れ、みょうけんさんと呼ばれ親しまれています。

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